仕切り直しで始まった中心市街地活性化施策。
10年以上前に都市計画の分野で環境都市のあり方として注目された「コンパクトシティ」という概念があったが、その「コンパクトシティ」という懐かしい言葉が、改正中心市街地活性化施策における旗印に掲げられ、まるで合い言葉のように使われている。
このコンパクトシティ、言い換えると中心市街地への移住施策とも見て取れる。
(人口減少社会が到来するなかで、都心居住を推進するのだから、そういうことになる。)
だが、これまでに基本計画を提出した18都市の実態をみると、そのほとんどの市街地は拡散がつづいているのが実態だ。(DID人口が減少。人口密度も減少。)
また最近、全国各地でTMOを設立して事業を推進してきた数多くの市町村の方々が「突然、梯子を外された。」と不平を公言するようになってきた。
地域をよくよくみていると、これまで地道にTMO事業を推進し、まちなかの活性化をしている地域も少なからずあったのだが、人口増加が当たり前の右肩上がりの時代の発想を引きずり、人口の推移と商業統計など、経済的な効率性ばかりを判断基準にして、「どこもかしこも総崩れで。」などという声が大きくなり、今回の全て仕切り直しとなった。
さらには、「限られた財源の効率性を高める」ということもあり(方向性は当然だが問題はやり方である)、「選択と集中」いいかえれば「地域格差の推進」という方向がはっきりと打ち出された。
しかしながら、法改正が市町村合併の直後であったことは大きな問題であったといっjていい。
一つの自治体に、いつくもの中心市街地が存在するのだ。
合併特例では、「中心市街地活性化をそのまま推進する」とか「複数の中心市街地を設定すればいい」などと明記されていたとしても、実情はなかなかそうはすすんでいない。
そのうえ、突如としてTMOでなくなったまちづくり会社の喪失感。
「これまで、一所懸命に推進して事業は一律に失敗だったのか?」
「グローバル化する経済の潮流が、はたしてこのままずっと続くのか。」
「そうだとすれば、この流れに乗らなければ生き残れないだろう。」
「しかしながら、よれば大樹の陰、それで地域に暮らす人々は未来永劫に幸せに暮らせるのだろうか」
そういった、素朴な疑問がここ数年に地方に蒔かれていた。
そしてにわかに、まるで雨後の竹の子のように、そういった素朴な主張をする人が増えてきているようだ。
さらには、青森、富山、長野など、同じ名前の限られた都市ばかりが、シンポジウムの定番メンバーとなり、シンポジウムの中身はマンネリ化して、そこから得る情報はもはやほとんどないといっていい。
また、これらのモデル都市、いってみると現地の実態はどこも厳しいものだ。
改正した中心市街地活性化の施策。
コンパクトシティといったかけ声ばかりでなく、地域の実情に沿った多様な都市像が描けるようにしないと、改正前以上に厳しい結果となりそうな感がある。
参議院選挙の結果と中心市街地活性化の仕切り直し。
まったく無関係とはいえない様相だ。
地方は、「狭い部屋で寝て起きた朝のような”酸欠した息苦しい空気”がみちあふれている」ように思えてならない。
追記
私の好きな評論家の一人である森永卓郎氏の「コンパクトシティ」こそ高齢化社会のトレンド」という記事を見つけた。ストロー効果をベースに論じている。見解は近いような遠いような。
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