日記・コラム・つぶやき

2008年8月 8日 (金)

中心市街地活性化。基本計画策定688→54。TMO構想認定412→協議会設立111。この減った数字の意味するものは?

中心市街地活性化基本計画は平成20年7月9日に21市町村(22地区)が認定され、54となった。(平成20年7月9日現在)

内閣府中心市街地活性化担当室による。)

また、中心市街地活性化協議会支援センターによると、

平成20年8月4日までに設立された協議会数は111。

(詳細は、支援センターのこちらのページに掲載されている。)

この数字は、法改正後、約2年が経過した数だ。

一方、法改正(まちづくり三法の見直し)前。

中心市街地活性化基本計画は688策定され、TMO構想(中小小売商業高度化事業構想)は412認定された。(平成18年6月30日時点の資料による)

市町村合併もあるので、この数字を単純に比較できないが、旧法で中心市街地と捉えられた地区は、一定の集積がある中心市街地。

(以前も現在も、「ワンセットで都市機能が集約できる」のが中心市街地とされている。)

だとすると、この減った数字の意味するものは一体何か?

それは、改正前の中心市街地が、その後、どうなっているのかということに繋がっている。

今回の法改正は、はっきりと選択と集中を謳っている。

だから、その結果、選ばれた地域と抜け落ちた地域ができた。

まだまだ途上の段階だが、もしも、選ばれた地域がちゃんと成果をあげなければ、成果を上げていたのに法改正で動けなくなった旧TMOとそれらの地域は、その結果をどう捉えたらいいのだろう?

まちづくりは、結果がみえるには相当の時間がかかるもの。

まだ、当分は結果は見えてこない。

いずれにしても、時代は変わった。

選択された地域が成果をだし、選択しなった(選択されなかったのではない、選択しなかったか、選択できない状況になった)地域も、他の施策メニューで頑張るか、いやそうばかりも言っていられないだろう。

自らその方法を考えて、地域を活性化していかなければ生き残れない。

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写真は、北海道夕張市の夕張駅で撮影した「幸せの黄色いハンカチ」。

黄色は希望の色。

一番大切なものは自分の中にある。

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2007年6月20日 (水)

インターネット七夕

イベントでもインターネットの活用が増えている。

大分前であるが、七夕祭りでインターネットで願いのメッセージを集めてそれを商店街に飾っていた。

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2007年5月17日 (木)

長崎の寸劇、御白洲

長崎歴史文化博物館で、毎週末、地元ボランティアによる寸劇「長崎奉行所立山役所・御白洲」が演じられている。

私も、以前、観て演じた。

演じたというのは、観客も演じることが求められるからである。

奉行がお見えになる。

「皆のもの、お奉行さまの御前であるぞ、ひかえおろー。」

と言われ、

皆で、

「ははー」

と時代劇のように頭を下げる。

江戸時代の長崎ならではの寸劇で、密貿易者や流れ者などのお裁きの様子を再現している。

まさに、地域ぐるみの生きた展示であり、まちなかにある郷土資料館なども、こんなふうだともっと面白くなるのだが。

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長崎歴史文化博物館で撮影。

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2007年5月16日 (水)

都市のお店と田舎のお店

田舎には、地域ぐるみの共同店がある。

今でも島の共同店などは元気である。

生活にお店が不可欠で、共同店がないと生活が成り立たない。

だから、皆で支えている。

共同店は、ずっと前から続いているコミュニティビジネスといっていいだろう。

一方、都市のお店が生き残っていくためには、差別化が必要である。

他にもお店はいっぱいあるので、何か特徴を打ち出さなければならない。

今、地方は都市と田舎の中間で、どっちつかず。

同じ商店街で、一緒に支え合いながら、競争もしなければならない。

このあたりのさじ加減がなかなかむずかしい。

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2007年5月13日 (日)

ご当地ソング、似顔絵マップ

地域のテーマソングが各地にある。

また、街並みや商店主の似顔絵などを描いたガイドマップや手作りカレンダーなども目にすることがある。

地域の子供達が作成した力作である。

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2007年5月 7日 (月)

本気に宣言

何かをやらなければならない時、宣言をしてしまう地域がある。

すると、もう後戻りできないので、がんばることになる。

例えば、かつて愛知県碧南市では「あつまりんへきなん共和国」の建国宣言をした。

「昭和の街」、「映画の街」などテーマを決めて、まずは宣言をしてしまう。

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2007年5月 6日 (日)

商店街スタンプラリー

商店街でパスポートを発行しスタンプラリーをする例もある。

それぞれのお店で個性的なスタンプをつくったりしている。

スタンプラリーはありきたりだが、博覧会のパビリオン巡りなどは、パビリオンに行くことよりもスタンプを押すことが目的になっていたりする。

根強い人気である。

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2007年5月 5日 (土)

まちなか温泉

温泉は集客力のある地域資源なので、最近は街の中心で温泉に入る機会が増えた。

昔は銭湯が地域住民のコミュニティーの場となっていたのだが、まちなか温泉も人気がある。

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昆虫館

昆虫の館は男の子に人気がある。

商店街でカブトムシの館やクワガタの館、さらにはホタルの館などを見たことがある。

運営はなかなか大変なようではあるのだが。

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2007年5月 2日 (水)

東京の真ん中はどこ?

東京の真ん中はどこかと質問すると、様々な答えが返ってくる。

まずは、皇居である。

千代田区1丁目1番地は、皇居である。

そのほかにも、東京(駅)、大手町、日本橋、銀座、渋谷、新宿、池袋、浅草、神田、お茶の水、霞ヶ関、青山、赤坂、六本木、などなど、様々な回答がある。

ちなみに、私が描くイメージはというと、東京の真ん中は神田神保町からお茶の水あたりにかけてである。

ところで、中心市街地活性化でよく問題になるのは、どこが中心市街地かということである。

特に、合併市町村などは、中にいくつもの中心市街地があって困ってしまう。

しかし、市街地の経済の中心は時代が変われば、移ろうものであるが、時の流れに負けないまちの中心というものがある。

東京の場合、それは、将門塚(しょうもんづか)であろう。

京の都ではねられた平将門の首が飛んできたといわれている首塚である。

平将門の霊力はすさまじく、この塚の移転を企てるものには次々と禍が及ぶという。

だから、いまでも将門塚はそこにある。

番地は、千代田区大手町1丁目1番1号である。

ちなみに、江戸城(現在の皇居)も、この将門塚をもとに風水でその位置をきめたと、確か、宮元健次氏が「神社の系譜」に記されていたように記憶している。

だから、東京の中心は将門塚であるといっていいのではないかと思うし、平将門を祀る神田明神(神田神社ともいう。現在は、お茶の水駅の近く千代田区外神田にある)あたり一体が東京の真ん中だろうと考えている。

「中心市街地はどこでしょうか?」

そんな質問に、「現在の経済的な中心だけを考えずに、歴史を遡って街の顔を決めたらどうでしょうか?」などと話している。

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平将門を祀る神田明神。

写真は数年前の神田祭の様子。

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